U2日本公演

7時起き。
朝飯にご飯、納豆、さばの塩焼き。

午前中、ツールの手順書を見やすいように修正した。

昼、山田屋で中華丼。

『つみびと』読む。琴音の家出場面。
琴音の父は妻に対して日常的に暴力をふるっていた。読んでいて、なんだこいつは、と、怒りに血管がうずいた。
『ミレニアム』を思い出した。主人公リスベットの母も、リスベットの父に暴力をふるわれてきた。ただ、リスベットの父は闇世界の親玉みたいな暴力大将で、リスベットは父に石油をぶっかけて火をつけるという反抗をしているから、母親には気の毒だがそれほど怒りはわかなかった。
『つみびと』の琴音の父は、よそでは真面目で大人しい人間で通っているが、家ではふとしたきっかけで切れるのだ。

男が女にふるう暴力といえば、知り合いから聞いた、ある女性の話を思い出す。
彼女は2歳の子供がいる主婦で、夫はひょろ長ネガネくんだった。知り合いは彼女とバイトが一緒だった。
ある日、彼女が新人バイトとできてしまったことを知った。間もなく、彼女はバイトに来なくなった。
しばらくして彼女から連絡があり、知り合いはコーヒーショップで彼女と会った。彼女はサングラスとマスクをしていた。
会ってすぐ彼女はサングラスを外した。目が腫れ上がり、紫色に変色していたという。
彼女いわく、好きな人ができたと夫に言うと、突き飛ばされ、馬乗りになって殴られたのだという。
殺されると思った彼女は家を飛び出し、その頃は友だちの家を転々としたらしい。子供が気になって仕方ないが、夫の家にいるのでとても会いに行けない、と言っていたそうだ。
ちなみにバイト先で彼女とできたバカな大学生は、
「てめーこの先どうすんだよ、責任とれんのか」
と、おれの知り合いやほかのバイト連中に責められると、
「えっ、だって、えっと、全然」
などと、へどもどしていたそうだ。
だが、コーヒーショップで知り合いと会った時の彼女は、もうそいつのことなんてどうでも良くなっていたらしい。

その後の彼女はどんな人生を送っただろう。子供は、そろそろ成人しているかもしれない。
へどもどしていた大学生もアラフォーかなあ。結婚して不倫して、嫁に探偵雇われて、証拠捕まれて裁判になって、離婚してYahoo!知恵袋とかにエピソードを書かれて「あっ、だって、待って、全然」などと、へどもどしてんのかなあ。

夕方、さいたまスーパーアリーナへ。さいたま新都心駅で降りたが、以前来た時は与野から歩いたことを思い出した。

Google Map で見ると、新都心駅は線路に挟まれてわかりにくくなっているため、その時は見落としたのだろう。

本日見に来たのは、U2の来日公演二日目である。昨日のセットリストや感想がSNSで報告されていた。そういうのは見ない方がいいかなと一瞬思ったのだが、「予習」の必要性ありなしを判別するために見た。「ヨシュア・トゥリー」全曲やるのが今回のツアーのメインだが、セットリストを見たところでは、それ以外の曲で知らないものはそんなになかったので、アルバム聞き込みをせずこのまま飛び込んで大丈夫だろうと判断した。

チケットはグッズ付きのアリーナSS席だった。入口でグッズを手渡され、ロビーで中を確認した。メンバーのサインが入ったギターのピックだった。スタンドつきで、飾れるようになっている。まあ、これはこれでよし。グッズ目当てでそんなチケットを買ったわけじゃない。それしか当選しなかったのだ。

席にカバンを起き、トイレに行く。列ができていた。志村けんに似た人がいた。もちろん別人だった。
ビールでも飲んで待つかと思い、売り場を見歩いた。どこも長蛇の列だった。KFCやロッテリアに並びたくねえなあと思い、飲むのはやめにした。

席は、ステージを正面から見られる位置だった。大画面もよく見えた。メンバーは豆粒大だろうなと思った。

開演直前、「ジーン・ジニー」が流れた。2008年にTHE WHOの武道館公演を見に行った時は、開演前にこの曲が流れたらなぜか盛り上がって、拍手と手拍子が起きた。今回はそうならなかった。

開演時間を過ぎてもBGMは終わらなかった。遅れたりトイレに並んだりしている客のためだろうと思った。

10分押しの7時40分、ステージから張り出した舞台にメンバーが出てきた。大歓声が起こった。おもむろに、群衆の行進を思わせるドラムの音に、弔鐘のようなギターリフが響いた。”Sunday Bloody Sunday” のイントロだった。心拍数が急激に上がり、ボノのよく通る声が響いた瞬間、ピークに達した。

スマホの撮影を禁止するアナウンスが一切なかったので、ライブを撮影している人がたくさんいた。たぶん、twitterやYoutubeにアップされるだろうと思ったので、それをあとで見ればいいと考え、スマホはしまったままにしてライブに集中することにした。

“Pride”でボノが、アフガニスタンで亡くなった中村医師の追悼を呼びかけた。観客がスマホのライトを点灯し、それを振った。美しい光景だった。しかし、ボノと観客の意識には、大きな違いがあるのではないかという気がした。感動しようとすることについて、少し意地悪なことを思った。

“Where The Streets Have No Name” から「ヨシュア・トゥリー」の部に移り、メンバーは舞台後方に移動した。スクリーンに白黒の映像が流れ、カメラの視点が空から地上へ移動し、まっすぐな道を疾走する映像になった。

「ヨシュア・トゥリー」は何べんも聞いたアルバムだが、舞台芸術作品として統合されたライブで味わうと、まったく別の音楽のように聞こえた。

コンサートは三部構成で、はじめに初期の定番曲、次に「ヨシュア・トゥリー」全曲、アンコールに「ヨシュア・トゥリー」以降の曲といった具合だった。

アンコールでは “Elevation” や “Beautiful Day” や “Vertigo” をやったが、その頃には頭が呆けたようになっていて、飛び跳ねてノルことができなかった。

ラストが、”One” だった。

映像がきれいだった。技術を誇るのではなく、舞台の演出と融合した、作品としての映像だった。曲ごとにコンセプトが練られ、構図、色彩、効果、映っている風景と人物、どれも文句のつけようがなかった。個人的には “Exit” の映像が一番良かった。歌っているボノの体が分裂し、幻惑されるような気分を味わった。

ライブが終わったのは10時10分過ぎだった。BGMにINXSの “Never tear us apart” が流れた。

電車の混雑を予感し、ライブの余韻もそこそこに、駅への道を急ぎ足で歩いた。そういう人は他にもたくさんいた。横浜アリーナや幕張メッセでもおなじみの光景だ。せわしないなあと思うが仕方ない。

ホームは案の定人でぎっしり埋まっていた。乗客が入場するペースに、ダイヤが追いついていなかった。それでも、着いたのがわりと早かったので、最初に来た電車に乗ることができた。熱海行きだった。

赤羽で埼京線に乗り換えるとやや空いてきた。U2帰りと思われる五十代男女がライブの感想を話していた。

今日の客層は年配が多かったと思ったが、SS席にいたからそう感じたのかもしれない。グッズ付きはさらに倍近くチケット代がかかったが、その金がアムネスティにあてられるのは全然いいと思った。
アムネスティだけでなく、ツアー中に訪れた国で政治家と会談することをボノは続けている。それを政治活動とみなされることもある。だがそうではないだろう。ミリオネアのロックスターになった真面目なクリスチャンとして、彼はできることをやっているだけのような気がする。だから、努力しなくても偉ぶらないでいられるのかもしれない。
中村医師の追悼を呼びかけたのも、たぶん自然に、これはしなくてはならないことだと、ボノは思ったのではないか。それらのことも含めて、U2のライブはそういうものと解釈すべきだろう。祝福も弔意も表現できる場としてのライブだ。

11時半に新高円寺に着いた。さいたまスーパーアリーナでロッテリアの売り場があったのを思い出し、ハンバーガーが食べたくなった。マクドナルドに寄って、素バーガーとLポテトを買った。

12時帰宅。バーガーを食べ、ビールを飲んだ。頭の中はU2のことでいっぱいだった。たぶん、明日から毎日聞くのではないかという予感がした。ライブが終わって時間が経つごとに、聞きたいという欲求が高まっているのを感じた。

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