秋川渓谷といづみ

6時半起き。

水耕栽培容器に氷を入れる。こんなことをして意味があるのかどうかわからないが、やるだけやってみた。
実は二箇所につき、花は三箇所で咲いている。昨日、咲いている花に、結実促進剤のスプレー『トマトーン』を噴射した。これをかけると確実に実がつく。

Googleマップで、家から50キロ圏内にある涼しそうな場所を調べた。奥多摩線の沢井が圏内だった。過去、二回ほど行ったことがある澤乃井酒造で、アルコールの自主練をするという選択肢が一つできた。
しかし、今日は自転車でどこかに行きたかった。澤乃井でガンガン飲み、前衛的な動きの人になってしまっては、帰りの自転車に乗れない。

で、行ったことのない秋川渓谷に行くことにした。武蔵五日市のちょっと先にあり、たぶん通ったことは何度もあるのだが、立ち寄ったことはないポイントだ。

いや、待て、行ったことある。
25歳の時、演劇スクールの卒業合宿で奥多摩に行った帰りに立ち寄って、そこで昼飯を食べたはずだ。奥多摩から檜原を回って来る時、おれが運転したんだった。

家から秋川渓谷までは44キロほどあった。五日市街道を延々走ればよかった。途中でラーメンショップ椿に寄って、遅めの朝飯を食べよう。がっつり炭水化物を摂取することになるが、そこから20キロ以上自転車を漕ぐのだから、血糖値の上昇は抑えられるはずだ。

昨年、愛媛のユニクロ今治店で買った速乾Tシャツ、ケツ用インナー、短パン、グローブという、簡素装備で、10時前に家を出た。暑かった。

ラーメンショップ椿は家から15キロ地点にある。そこには10時半過ぎに着いた。今年は3月に走って訪れ、6月にシアーシャ・ローナン主演映画『Little Women』を見た帰りに訪れた。二回ともネギチャーシュー麺の中を食べた。
今日はネギラーメンとネギ丼を頼んだ。ネギ丼はご飯にネギとチャーシューがのっているだけのものだった。豆板醤を少しかけた。『宝華』のネギチャーシュー丼の方が間違いなくクオリティは上だが、この素朴さ、というか素っ気なさこそラーメンショップだとも思うので、負けているとは思わなかった。ラーメンは何もかけずに食べた。

食べ終わってからファミマに移動し、コーヒーを飲んだ。11時を過ぎていた。太陽が「これから本気出してくね」と言わんばかりに、空からおれの頭部に向けて、紫外線その他の光線を飛ばしてきた。

五日市街道、というより玉川上水沿いを西へ走る。途中、五日市街道はやや南にそれるのだが、多摩川上水沿いの道を選んだ。道沿いに雑木林があった。カブトムシがいそうな林だった。

『エジプトはナイルの…』でおなじみのモノレールを過ぎたところで再び五日市街道に合流し、拝島の陸橋を渡ってから睦橋通りを西へ走る。
そういえば4年前にふらっと檜原へドライブした時、ここのダイソーで猫よけグッズを買ったのだった。

休むタイミングをつかめぬまま、結局武蔵五日市まで走った。檜原街道の途中にあるいなげやで飲み物を買った。店の人が昨日の雷のことを話しながら空を見ていた。いつの間にか西の空に雲が立ちこめていた。

秋川渓谷までそこから3キロほどあった。川に下りる階段の手前に自転車を停めた。階段は橋に通じていたが、渡ってそのまま行くと川に下りるのではなく温泉に通じているようだったので引き返し、柵をまたいで河原に下りた。

岸のあいているスペースで靴を脱ぎ、裸足になって川に入った。水は冷たかった。水深は浅く、そのまま上流まで歩いて行けそうだったが、裸足だったので水際だけで我慢した。

靴を脱いだ場所に戻り、ウエストポーチを外し、飲み物を飲んだ。ものすごい量の汗が出てきた。

二人組の母子連れがやって来て、近くに陣取った。子供は男の子と女の子で、女の子は小学三年生くらい、男の子は小学一年くらいだった。二人で川に入り、魚を探していたが、女の子の方はそのうちどこかへ行ってしまった。残った男の子は、河原の石を何度も投げ、石切りをしていた。

汗が引いてきたところで、靴を履き、淵を見下ろせる岩場に移動した。向かいの岩場が高さ3メートルほどの飛び込み台になっていて、水着姿の若い衆が代わる代わる飛び込んでいた。それを眺めながら飲み物の残りを飲んだ。

飛び込みをする瞬間を写真に撮ると、その静止画像に写っている人は、なぜか『鳥獣戯画』みたいになる。全裸じゃないのに全裸に似た要素がある。いっそ全裸でいいんじゃないかと思う。

3時前、小雨が降ってきた。家までの時間を計算し、そろそろ帰る頃合いだと判断し、自転車のところに戻った。

五日市の手前のコンビニでコーヒーを買って外に出ると、雨が降り始めていた。けっこうな降り方だったので、ひさしの下で雨宿りをしつつコーヒーを飲んだ。雨が弱くなってから自転車に乗り、来た道を逆に走った。

雨雲は北西から南東に流れているようだった。昨日みたいな雷雲だったら困るなと思った。時々雷鳴が聞こえたが、真上の空はけっこう晴れていた。

1時間くらい走り、立川と小平の境あたりでファミマに入って休んだ。麦茶を900ml飲んだ。雨雲レーダーを見ると、雲は埼玉から南東に移動しているようだった。

20分と少し休んでから出発した。ところが、ここで道を間違えてしまい、五日市街道から北東にそれてしまった。青梅街道に合流するところで気付いた。まあ仕方ないと思い、そのまま道を東に走り、多摩湖サイクリングロードに入って井の頭通りを目指した。

サイクリングロードに入ってからは太陽が照ってきた。しかしそのあたりの路面はどこも水に濡れていた。少し前に雨雲が通り過ぎたのだろうと思った。

井の頭通りに入り、吉祥寺を抜け、途中で左折し、五日市街道に入った。環八を渡ってしばらく進むと虹が見えた。

5時半帰宅。

走行距離は往復90キロくらいだった。クロスバイクのサイクリングで気持ちよく走れるのはこのくらいが限度ではないか。100キロを超えると腕や尻が痛くなる。

昨夜、映画『幕末太陽伝』を少し見返した。この映画、落語の世界を映画にしてあるが、落語の中の人を演じられる役者が当時はたくさんいたんだなあということが確認できて、しみじみする。「文七元結」のお久をやっている芦川いづみの、薪割りの手つきがいい。
その『幕末太陽伝』の続きを見ていると、あ、おれは今、この映画が観たかったんじゃなくて、芦川いづみが見たかったんだと気付いた。

芦川いづみこそ、実はもっとも多くの男どもに好かれていた日活女優ではないか。そこには、芦川いづみを、いや、いづみを女神のように神聖化するプロセスを介さない、ガチの気配がある。
「オレの小百合」「オレのルリ子」というふうに思う男が多いのかどうかわからないが、「オレのいづみ」と思っている男は、9月下旬の浅瀬に住むハゼと同じくらいたくさんいたのではないか。
だが、芦川いづみは、いや、いづみは、昭和43年に「ヤツのいづみ」になってしまった。
ヤツとは藤竜也。おれは幸い、当時まだ生まれていなかったし、『悪魔のようなあいつ』でジュリーの兄貴分役を演じる藤竜也が大好きなので、フグ毒にあたったような嫉妬に苦しんだことはない。
けど、どうしておれは藤竜也じゃなかったんだろうと思ったことは、ちょっとある。だからレイバンのティアドロップ型サングラスは、一応持っている。普通のと釣り用のと二つある。できることなら、もみあげ伸ばして口ひげ蓄えて、オールバックで釣りがしたい。
そういえば、マグ公演でお世話になった舞監の田中さんがファンだった。おれの父親もファンだった。