映画を見ることについて

5時10分起き。
水耕栽培の水足しをする。10リットルバケツ二2回分でやっと容器がいっぱいになった。実は、二つが十分に大きくなっていた。

7時までブログ更新。
朝飯に、ポークビーンズと味噌汁。

7時50分に家を出る。自転車で現場へ。
ラジコで火曜たまむすびを聞きながら走る。ホタテ貝から連想するものとして、赤江さんがビキニと言っていたのを聞き、しじみなら大変だよなと思った。あれだけ小さい貝をビキニ加工できる業者は少ないだろう。職人の手作業に頼らねばならないかもしれない。苦労してビキニ化したしじみは、水着の体をなさないことは明らかだ。ホタテはいちおう隠せており、ギリギリ水着になっているからこそ、エロいわけだ。せめてハマグリくらいの面積は必要だろう。また、閉じる力の強さから身持ちの固さを象徴しているとされ、ひな祭りの時に供されるハマグリをパッカーンと開いて加工し貝殻ビキニにするのは、女性を抑圧してきた古い通念を破壊することになりはしないだろうか。きっとそうに違いないので、女性みんなで潮干狩に行くといいと思う。東京湾のハマグリは干潟埋め立てや水質悪化で絶滅してしまったので、サイズ的にホンビノス貝がいいと思う。

午前中、案の定ヒマ。

昼、カップうどんに掻き揚げをのせて食べた。

午後、ヒマ。

映画を見ることについて考えた。

大学三年か四年の頃だったと思うが、友人と立ち話をしている時、「おれ、映画を見るのが苦手なんだ」と言ったことがある。なぜかと聞かれて、途中で飽きてしまうのだと答えた。
実際その頃は、映画を見に行くということはほとんどなかった。映画館に行かないばかりでなく、レンタルビデオで見ることもしなかった。

一方で、映画を沢山見ている人への羨望があった。だったら自分も見ればいいのだが、自分は何を見たいのかわからなかった。見たい、と思うことがないから見てこなかったのだ。
大学時代に見た映画は、レンタルビデオも含めて十本に満たないはずだ。

その後、卒業してから演劇スクールに通うまで三ヶ月の猶予期間ができた。この時、人との交流が極端に少なくなった。望んでそうなったわけではなく偶然が重なり、所属する社会的集団と個人的つながりが消滅してしまった。バイト先と学校とサークルと親しい人と友人が一瞬でいなくなった。なおかつ、予定は完全に空白だった。自分を見つめ直さざるを得ない状況にあったといってよい。

で、ここはひとつ、レンタルでもいいから映画を沢山見てやろうと思った。なぜそう思ったのかというと、苦手意識と羨望が関係してくる。苦手だから積極的に見ることはなかったが、優位な行為であるという認識はあったから羨望があった。苦手だが優位な行為は、自分を見つめなおす時にする、適した行為のように思えた。

連休が終わった五月半ば、ビデオデッキを購入し、済んでいたアパートの近くにあるレンタルビデオ店の会員になった。その日から一日一本必ず映画を見るということにした。作品選びのためにジャンル別にオールタイムベストテンが載っている文庫本を買った。

五月半ばから、演劇スクールに通うまでのひと月半の間に見た作品は、こんな感じだった。

『ゴッドファーザー』
『ツィゴイネルワイゼン』
『ハンナとその姉妹』
『カメレオンマン』
『黒衣の花嫁』
『無能の人』
『お墓と離婚』
『髪結いの亭主』
『仕立屋の恋』
『デリカテッセン』
『冷たく冷えた月』
『ピアノレッスン』
『未来世紀ブラジル』

雑誌のシネマ特集をそのまま鵜呑みにしました、という感じのリストだ。他にも見ているが思い出せない。
そもそも映画は娯楽であるのに、見るのに苦手意識があったということは、自分になにか問題があったのではないかと今では思う。しかし、とにかく見る、ということを続けていくうちに、映画を見ることのハードルは随分低くなった。

やがて演劇スクールに通うようになったため、一日一本のノルマ生活は終わりを告げたが、時が経ち、再び運命のいたずらによって自分を見つめ直さざるを得ない時がやって来た。その時も同じように映画を見た。ノルマにしようとか考えず、見られるものを何でも見た。その後も何回か自分を見つめ直さざるを得ない状況に陥ったが、その都度、映画を集中的に見るということをしてきた。

振り返ると、おれはもともと映画が好きだったわけではなかったのだなと思う。苦手だったのを訓練で好きになったのだ。ファンの風上にも置けない。
同じことは読書にも当てはまる。退屈な夏休みをやり過ごすため、せめて本でも読もうと思って始めた。面白いとは思えなかった。面白くないからこそやる価値があると思った。

スタートの仕方がそれだから、鑑賞力がないためわからなかった作品が、映画でも本でも沢山ある。そういうのを再見再読すると、若い頃の自分がいかに何も見えていなかったのかがわかり、微笑ましくなる。が、すぐ微笑みは消え、あんなに何もわかってなかったのに、よくも大口叩いてこられたなという忸怩たる思いがわき起こる。

夕方までヒマをやりすごし、実家へ。
夕食に唐揚げ。自分で揚げた。

12時過ぎ就寝。

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