暗闇にかき立てられる恐怖

旧江戸川河口から上流に向かってランガンした。満潮時刻が近くなり流れがなくなっていた。ベイトもいなかった。

工事中のため進入禁止の看板が立っているところまで行き、そこから再び河口に戻った。2時前だった。

潮はこれから下げる感じになっていたが、流れは緩かった。海の方へ行くか、もう一度上流に向かってランガンするか、昨夕来た場所へ移動するか、色々考えた。

そして、下げの流れだったら中川の方が大きいのではないかと思いついた。中土手の突端に行けば、荒川の合流点にあるヨレや、葛西橋の明暗など、ポイントらしいポイントをランガンできるかもしれない。

このまま旧江戸川にいてもしばらくは釣れないような気がしたので、中土手に移動することにした。

タックルをしまい、自転車で中土手に向かった。途中、西友に寄って飲み物とミックスナッツを買った。

旧堤防沿いの道に沿って走った。葛西橋を渡り、中土手のスロープを降り、首都高速の真下を中土手の突端に向かって走った。

照明がないため道は暗かったが、何も見えないほどではなく、自転車のライトは道をはっきりと浮かび上がらせていた。

しかし、走っている時にいささか恐怖を感じた。道の両脇に見える荒川と中川の暗さによってかき立てられる想像力によるものだった。暗闇に得体の知れない物が潜んでいるように思った。それが、首都高の橋桁の間からこっちを覗いているような気がした。

霊感はないし、土地の因縁もわからない。だが、霊感のある人がこの道を通り、叫んで恐慌を来す場面を想像した。

普段、そんなふうに考えを展開させることはないのに、今そうしているということは、オレにも少しは霊感が備わっているのだろうかと自問した。だとするとこの場所はかなり強い怨念でもこもっているんではないか?

ここまで考えると背筋がゾクゾクしてきた。恐怖を紛らわせるために歌おうかと思った。

だが、同時になぜか反抗的な気分になった。罰当たりな気持ちではない。

恐れがやってきたのは自分の中からだった。勝手に怖がって、因縁があると決めつけようとしていた。その構造に苛立った。

恐怖があるのは仕方がないが、ヒグマが潜んでいるわけじゃない。野犬もいない。なのに自分から恐れようと努力して、その結果無事に恐れていやがる。意味がないではないか。

そう思ったからといって恐怖が消えるわけではなかったが、怖いと思うことに対して諦めの気持ちが出てきた。何かいそうと思うことと、実際にいることは別問題だ。シーバスと同じだ。いそうと、いるとは大違いだ。そして、いたとして、怖がらせる以外の何をオレに対してできるというのか。しかも、実際に怖がるかどうかは、オレが決めていいのだ。

ならばいっそ、何十もある首都高のすべての橋桁に、恨みを飲んだ霊魂でも潜んでいて、その全員がオレを眺めていてくれ、と思った。トータル五千人くらい。
それだけ沢山いれば、逆に怖くないと思った。

途中で荒川側の下道に降りた。道の先、突端の方でライトがついているのが見えた。釣り人がいるんだなと思った。

突端に近づくと、二人の釣り人がテトラの上で釣りをしていた。たぶん、オレが近づくのを「誰だ?」と思って見ていたと思う。

その人達から少し離れた、中川側の鉄柵に自転車を止め、タックルを用意し、ルアーを投げた。

中川は下げの流れが速いだろうと思っていたが、意外とそうでもなかった。ルアーは下流に流されたが、旧江戸川と変わらぬ速度だった。

スーサンを岸壁沿いに投げたり、大きめのルアーを流したりしてみたが、水面にボイルはなく、ベイトもいなかった。どうもこれは、釣れそうにない感じだなあと思った。

やがて先行者の二人組が自転車に乗って去っていった。突端にいる釣り人はオレ一人になった。しかし、恐怖はどこかに去っていた。

流れを利用してルアーを下流に流す釣りをしてみたが、長い距離をサーチしても反応はまったくなかった。

手元に引いてくる時、エリア10をテトラに引っかけてしまい、PEラインがスレて切れた。ルアーをロス。

ショックリーダーを結びなおし、ルアーを変えて投げた。サイレントアサシンを投げている時、ラインが途中で引っかかる感触があった。またスプールで絡まったのかと思い、見てみると、ラインが絡まって結び目ができ、それが巻いた糸の下から飛び出していた。ほどこうとしてみたがどうにもならなかった。その部分で切って、再びリーダーを結び直すしかなかった。だがそれをするとまた全体が短くなってしまう。替えのラインはない。

時刻は4時半になろうとしていた。ここで釣りは終了なのか?

ふと思い立って、Googleマップで上州屋を検索してみた。すると、東陽町店が24時間営業していることがわかった。中土手からだと自転車で20分も漕げば着くはずだった。

タックルを片付け、上州屋に向かった。突端に来る時に恐怖を覚えた道を通ったが、今度はまったく怖さを感じなかった。

上州屋に着いてから、ラインではなくいっそ新しいリールを買った方がいいのではないかと思った。昨夜、ラインの交換をした時、古い糸の排出がスムーズにいかなかった。スプールエッジに傷がつき、ラインが引っかかってしまうのだ。最近ライントラブルが多くなったのは、スプールの劣化が原因だろう。

売り場を見ると、PEラインを使用する時は溝が浅いものにするようにという説明書きが張られていた。今使っているものだと、確かに深すぎるかもしれなかった。そのため、スプールへの引っかかり方も強めになってしまうのだ。

5000円前後の安いダイワのリールとラインを買った。店の人に巻き取りをしてもらった。

外に出ると明るくなっていた。

東陽町のマックに行き、朝飯を食べながらPEラインにショックリーダーを結びつけた。そして、今度はどの釣り場に行こうか考えた。

せっかく江東区に渡ったのだから、荒川河口へ行ってみることにした。

清砂大橋の南側へ移動した。釣り人は一定間隔に並んで釣りをしていたが、旧江戸川ほどの密度ではなかった。

バイブレーションを中心に投げながら下流に向かってランガンしようと思ったが、途中で眠気が訪れた。足元がふらついてきたので、広場のベンチに横になって休んだ。陽光が当たり、暖かくて気持ちよかった。

荒川は流れがカーブすることがなく、川幅も同じで、目印というものがなかった。同じような河岸が河口に向かって続いていた。

やがて河口まで来た。昔はそこからさらに下流の、砂町運河に面したところまで自転車で行けたのだが、現在はルートが封鎖されている。

雑草の繁茂した空き地があり、金網で河岸の遊歩道と区切られていた。金網の前にタヌキが座っていた。初めは猫かと思った。カメラを向けても平然としていた。

河口から上流に向かってランガンし、清砂大橋まで戻った。潮目があり、ベイトがいそうな気配も少しはあったが、釣れる気がまったくしなかった。

腕と足が痛くなっていた。11時前だった。近くにある『こしょうや』という町中華へお昼を食べに行くことにした。

店の前まで行くと、日曜は定休日であるという張り紙がしてあった。Googleマップの情報では定休日は火曜日になっていたのだが、休みの日が増えたようだ。

旧葛西橋の船宿前にある自販機で麦茶を買った。土手沿いの道に猫がいた。

葛西橋を渡った。中土手を見下ろすと、釣り人が橋の近くにいるのが見えた。

葛西橋通りと環七の交差点で自転車を止め、食事のできる店を検索した。新川の近くに『たかさご』という町中華を見つけた。古くからある何の変哲もない町中華のようだった。そういう店が良かったので向かった。

チャーハンを食べた。量がとても多かったが、米が少しべちゃっとしていた。

長島町を抜けて旧江戸川に突き当たり、そこから南下し浦安橋の南側へ移動した。昨日釣りを始めたポイントに戻ってきたわけだ。

柵のあるところで岸壁沿いにスーサンを投げたが反応はなかった。流心側にボイルが少し見られたので投げてみたが食いつかなかった。

少し下流に移動した。昨日シーバスを釣った人が陣取っていたあたりに落ち着いた。もうランガンはやめようと思った。足が痛かったし、流れが出るまでは動かずに待っていた方がいいと思ったのだった。

その代わり、ルアーは頻繁に交換することに決めた。

時刻は1時過ぎだった。ルアーを投げることにうんざりしていた。右腕の筋肉が張り、両足は豆が出来そうになっていた。

2時頃、トイレに行きたくなったので、タックルをリュックをその場に置いたまま自転車でファミリーマートへ行った。ついでに缶コーヒーを買って釣り場に戻った。

満潮時刻が近くなり、流れがまったくない状態になったので、ゴロタ石に座って休んだ。

流れが少し出てきてから釣りを再開した。ルアーをただ投げるだけではなく、流し方や引き方、アクションのつけ方を練習するつもりで投げた。新しいリールはよく飛んだ。今までは何だったのかというくらい飛距離が伸びた。

コモモやガルバやソラリアをそうやって動かしていると、段々面白くなってきた。ついでに、キャストしている時に石の角でアキレス腱やふくらはぎのストレッチをすると、足の疲れも軽減されてきた。

納竿のタイミングについて考えた。3時前から潮は下げ始めたが、そのまま下げ続けて流れが止まったあたりで終了とするのがキリのいい終わり方だろう。

で、なんとなく6時頃かなあと思いつつ、ルアーを投げて引くことを繰り返した。

4時近くになってくるとベイトの接岸が見られるようになった。20センチくらいのサッパだかボラだかコノシロだかが、足元で白い魚体を見せた。昔、中川の護岸が斜めのコンクリートだった頃、水際でよく見た光景だ。

ボイルは時々あった。しかし、ルアーを流しても反応はなかった。

夕陽が川面に反射して、モネの絵画みたいになっていた。

5時が近づき、暗くなってくるタイミングで、ベイトがいなくなった。ここらが潮時だなと思った。

5時ちょうどに納竿した。土曜の3時半から25時間半の釣行だった。

5時半実家帰宅。シュークリームを食べ、コーラを飲んだ。

ランディングネットをどこかに置き忘れてしまった。部屋でリュックの中からリールを出している時に気づいた。あちゃー、と思った。前も釣り場に置き忘れたことがある。シーバスを釣った日だった。三年前の11月14日。奇しくも今日と同じ日付だ。

血圧計を借り、6時に実家を出た。

7時過ぎ帰宅。

入浴し、レモンサワーを飲んだ。クタクタに疲れていた。眠かった。

11時過ぎ就寝。

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