沢田研二バースデーライブ

7時起き。

朝飯に、しらすバターご飯、納豆、ほっけ、大根おろし。

11時まで二度寝する。

12時、『宝亭』へ。昼飯にカツカレーの大盛り。

食べ終わってから走りに行く。新左近川沿いをゆっくり5キロ。

釣りをしている人が結構いた。岸を5メートル間隔で釣り人が埋めていた。釣れているのはハゼのようだった。5年前、新左近川でよくハゼ釣りをしたが、その時よりも釣り人は多かった。

2020年以降は、妙典の江戸川河川敷まで行き、ハゼ釣りをするようになった。いくら新左近川が釣れるといっても、面積では河川にかなわない。だから、たぶん今年の夏も、新左近川でハゼ釣りをすることはないと思う。

しかし、川面を眺めると、陽光に反射するベイトフィッシュのきらめきが流れの中にたくさん見えた。旧江戸川で釣りをしていて、こんなにたくさんのベイトフィッシュが見られることはない。やはり、新左近川は大きな魚が少ないため、小魚にとってある程度の大きさに成長するまでの安全な住処なのだろう。

帰宅し、水のシャワーを浴びる。

3時に実家を出る。地下鉄で上野へ。JRでさいたま新都心へ。

4時半、沢田研二バースデーライブを見に、さいたまスーパーアリーナへ。

2018年の秋、ドタキャン騒動で話題になった時の会場が、さいたまスーパーアリーナだった。ジュリーのライブはチケットがとれないので、騒動の顛末を疑問に思った。実際、今回は会場が大きかったから早期申込でチケットを取れたが、ここ数年、ぴあ、ローチケ、イープラスでアラート設定しても、まったく取れなかったのだ。

2018年の時は、やはりプロモーターのミスがあったんじゃないか。売り損ない、みたいな。

今回のライブは、岸部一徳、森本太郎、瞳みのるという、元タイガースのメンバーがゲスト参加するのが売りだった。それも楽しみではあったが、やはり、ジュリーの歌声をライブで存分に味わうことが、何よりも楽しみだった。

客席はぎっしり埋まっていた。掛け値なしの満席だった。

5時、タイガースのメンバーが登場。冒頭からタイガースの曲が続いた。瞳みのるの若々しさが印象的だった。

ジュリーのステージ衣装は、虎の着ぐるみだった。「まいど!」のコールアンドレスポンスがあり、本日のチケットは完売したとの報告。2万枚。これは相当すごい。

曲間のMCで、同窓会トークが花開いた。ファニーズ時代、リーダーはサリーやピーなのに、なぜかスカウト関連の大人はジュリーに声をかけてきた話。あるスカウトから誘われた時、全員じゃなきゃイヤだとジュリーが断ったエピソードに対し、サリーが「えらいね」と、あの低音で言うのがおかしかった。「オレなら自分だけ行ってる」とダメ押しも。

タイガース時代の曲が終わってから、20分の休憩。

第二部。ジュリーはスーツに着替え、髪を後にまとめ、ビシッと決めて出てきた。会場を「ほおっ…」というウットリ声が埋め尽くした。

「そのキスが欲しい」で始まり、「お前にチェックイン」から休憩なしの連続で、「サムライ」「ダーリング」「勝手にしやがれ」「時の過ぎゆくままに」「危険なふたり」「六番目のユ・ウ・ウ・ツ」「TOKIO」と、名曲が続いた。

その後は、最近の曲やライブの定番曲が続いた。「ROCK’N ROLL MARCH」が、実にライブ寄りの曲だということを、今さらながらに実感した。

ほぼMCなしで二部を駆け抜け、映画『土を喰らう十二ヶ月』の主題歌「いつか君は」の熱唱で終わった。ジュリーは袖に去った。アンコールを求める拍手が鳴り響いた。

アンコールに出てきたジュリーは、着物を羽織っていた。以前、音楽劇をやっており、その時に覚えた歌ですと話してから、「河内音頭」をアカペラで歌った。観客は手拍子をしながらそれを聴いた。贅沢な時間だった。

その後、再びタイガースのメンバーが登場。洋楽を演奏した。ストーンズやDC5のナンバー。つまり、みんなが「ファニーズ」だった時代、カバーしていたナンバーをやったわけだ。ジュリーの原点中の原点だ。

最後の曲、「ラブ・ラブ・ラブ」を、タイガースの演奏で歌い、今日のコンサートはすべて終わった。

時刻は8時半を過ぎていた。休憩を除くと、3時間、ジュリーは歌いっぱなしだった。

あらためて、濃くて、出し惜しみのないコンサートだったなあと思った。歌を信じ、まだ歌えることに感謝しシャウトする、今日75歳を迎えた歌手の渾身のステージ。一曲ごとに、がつんと重めのパンチを腹に受け、それを腹筋で受け止め、こちらも本気で立ち向かいながら、どんどん高いところへ登っていくコンサートだった。

マックでポテナゲの大を買い、9時半帰宅。ナゲットをつまみにビールを飲んだ。

気持ちが高ぶっており、感想を言いたくてたまらなくなったので、twitterでわちゃわちゃと感想をつぶやいた。つぶやきたい欲、というのは確かにある。だがそれは、強く感動している時であることが多い。そういう時、人は隙だらけになるので、後にそのつぶやきを読むと大抵赤面する。

それにも関わらず、つぶやいた。

1時就寝。