THE WHO 武道館公演

落ち着かない気分で夕方まで過ごした。
朝は何も食わなかった。
昼はサラダとかそういうのを食べたけど、何食ったかよく覚えてないから、実は食ってなかったのかもしれない。
けどそんなことはどうでもいい。

夕方、久々に北の丸公園へ。
武道館外の歩道でアーチストの権利を侵害する系のグッズ販売露店を横目に見る。

武道館前で深呼吸。
18時入場開始だったが、向かいの店で腹ごしらえをする。
ハンバーガーとポテトを食べ、そのハンバーガーとポテトをカメラで撮影し、
(なにやってんだろうオレ)
と少し思う。

18時20分過ぎに会場に入る。
2階席の上の上の上。
しかも東席だから、舞台上手横からステージを見下ろす格好。

でもいい。そんなの全然いい。

時間を確認し、チラシの類を眺め、メールチェックをして途中でやめ、会場全体を見渡し、トイレに行き、グッズ販売コーナーの人混みに逆上し、パンフレットを買おうとしてやめ、席に戻り、忘れ物をしたかもしれないと思いまたトイレに行きかけ、そういやトイレ行く時は手ぶらだったなと思い直し、でもついでだから階段を下りてまた上り、席に座ると開演10分前であることに気づいて頭に血が上り、階段を下りてまた上ると今度は開演7分前くらいになっており、悲鳴を上げそうになるが突然脳内に片足の海賊が現れ「なあ坊や、いいハンターってのは獲物がこっちに逃げてくるまでじっとしてるもんだ」などと言い始めたので「わかったよシルバー。僕そうしてみる」と脳内で答え、席に座ってじっとしていると会場内のBGMがデビッド・ボウイだとかスティービー・ワンダーだとか、THE WHOとは関係ないアーチストだったりするので(ひょっとしてオレは頭がおかしくなったか?)とおかしくなった頭で考え、そうするうちにボウイの「ジーン・ジニー」が流れ、アリーナ席で歓声があがり手拍子が始まり、訳もわからず手拍子を叩くが、手拍子はそのうちおさまり、時刻を調べるとすでに19時だった。

遙か下のステージに、ロジャーとピートが出てきた。
「ぎゃあ!」
と叫んで立ち上がり、
「ロジャー!」
と叫んで手を振り、
「ピート!」
と叫んで飛び跳ねた。

だが、”I Can’t Explain” の、おなじみのイントロが流れた瞬間。
声が出なくなった。
オレが全身かさぶた人間だったとして、その全てのかさぶたを0.5秒でべりっとはがされたような気分だった。
痛くて、びっくりして、文字通り一皮むけて、嬉しくて、でも痛いみたいな、そんな気分だった。

“The Seeker” あたりから少しゆとりが出てきた。
体、揺らしっぱなし。
顔、ゆるみっぱなし。
音が腹にずんずん響いた。
“Who Are You” はやはりライブが最高だ。
“Behind Blue Eyes” は(もう来たのか?)みたいな気持ちで聴いた。

さらにこの後、
“Baba O’reily” だの、
“Love Reign Over Me” だの、
“Won’t Get Fooled Again” だのといった定番がずんずん来た。

はしゃいでいたのは”Who Are You” くらいまでであった。
“Baba O’reily” のあたりでは、両手を開き気味にして立ち、音が直接腹に響いてくるように体の方向を調整し、たとえるならば自分も音になってしまうように、武道館の一番上の席で、クラゲのように揺れていた。
目は半開き。
見えるのは豆粒のようなロジャーとピート。

もちろん “My Generation” の時は我に返って騒いだ。
足で武道館を壊せればいいのにと思いながら飛び跳ねた。

アンコール。
そりゃもう決まってるでしょ、と言わんばかりの “Tommy” 攻撃だった。
両手を広げ、目を半開きにし、音になれ音になれと念じながら、ザックのドラムを、ロジャーのヴォーカルを、ピートのギターを受け止めた。

トミーメドレー最後の “See Me Feel Me” が終わり、リズム隊が下がってから、ロジャーとピートは “Tea & Theatre” を歌った。
一曲目からアンコールまで、ロックロックロックロックで土木工事のように押してきたが、最後の最後は静かできれいなのに力強い曲を聴かせてくれた。
(あ、これで、終わるんだ)
全身<音クラゲ化>はストップし、脳に理性が戻ってきた。
(あ、これで、終わるのか)
そう思った。

外に出ると、冷たい空気が心地よかった。
周りを見る。
若いファンもいたが、30代40代のファンがやはり多い。
そして、男が多い。
男女比は7:3くらいかもしれない。

呆然とした心地で帰宅。
しばらく、ただただ呆然としていた。

一緒に音を感じた心臓の意見を、一言で代弁するとこうなる。
「良かった」